ようこそUAP。僕は君たちの時間を撮ってみたい。
- ushunphoto
- 5月24日
- 読了時間: 2分

最近、UAPという言葉を目にする機会が増えた。
昔は「UFO」と呼ばれていたものが、今ではUAPという言葉で語られるようになった。
SNSでも、ニュースでも、ディスクロージャーという言葉を見かけることが増えた気がする。
もちろん、本当に存在するのかなんてわからない。
だけど僕は、昔からずっと彼らのことが気になっていた。
僕は、宇宙人を撮りたいわけじゃない。
正確に言うと、僕が惹かれているのは「未知の存在」そのものではない。
その存在が、どんな時間を生きてきたのか。
何を見て、何を感じ、どんな記憶を抱えているのか。
そこに惹かれている。
ポートレートは、その人の人生に触れる行為だと思っている。
僕は写真を撮る時、ただカメラを向けているわけじゃない。
鏡に映る自分を見るみたいに、「もし自分がこの人だったら」と考えながら撮っている。
その人の時間。感情。孤独。熱。人生。
そういうものを感じながら、シャッターを切っている。
だから僕にとってポートレートは、ただ顔を撮る行為じゃない。
その人が生きてきた時間に、少しだけ触れさせてもらう感覚に近い。
僕は、彼らの目の奥を見てみたい。
よく語られるグレイタイプの宇宙人には黒く大きな目のイメージがある。
僕はあの目を見るたびに思う。
その奥には、どんな記憶があるんだろう。
どんな星を見てきたんだろう。
彼らにも、故郷や、孤独や、愛や、言葉にできない時間があるんだろうか。
もし本当に彼らが存在して、そして会える日が来るなら、
僕はきっと、戦いたいわけでも、証明したいわけでもない。
ただ静かに、彼らのポートレートを撮ってみたい。
人類は、ずっと未知を見上げている。
人は昔から、空を見上げ続けてきた。
神話。星。宇宙。UFO。UAP。
それは未知への恐怖でもあり希望でもある気がする。
僕たちはきっと、「自分たちは一人じゃない」と思いたい生き物なんだと思う。
写真は、存在の記録だ。
東京の夜を歩いていても僕はよく同じことを考える。
人はみんな、誰にも見せていない感情を抱えながら生きている。
強そうな人も、笑っている人も、孤独を隠して歩いている。
だから僕は、写真を撮る。
それが人間でもアーティストでも・・・そしてもし未知の存在だったとしても。
写真は、そこにいた証明になる。
そしてきっと、それはその瞬間を生きていた証明にもなるから。



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