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USHUNと優駿

  • 執筆者の写真: Ushun Kitahara
    Ushun Kitahara
  • 1月7日
  • 読了時間: 3分
USHUNと優駿
©USHUN

2026年、丙午。干支には詳しくないけれど、60年に一度巡ってくる年らしい。

気になって少し調べてみると、性格で言えば「気性が荒い」と表現されることが多いそうだ。



競馬にたとえるなら、ベテランの騎手でも手を焼きそうな馬、そんなイメージなのかもしれない。



僕のフォトグラファーとしての活動名は USHUN


実はこの名前、「優駿(東京ダービー)」から取っている。


カメラマン1年目の頃、師匠からこんな言葉を聞いた。

「カメラマンとして食べていけるようになるには、最低でも5年はかかる」

当時すでに40歳を過ぎていた僕には、20代や30代のカメラマンのような“時間”はなかった。

だからこそ、名前に意味を持たせたかった。


優駿。東京ダービーは、クラシックG1の最高峰。

2歳でデビューした約8000頭の競走馬の中から、勝ち上がってきたわずか16頭だけが辿り着ける場所。

3歳世代の頂点を決める、まさに頂上決戦だ。

「5年じゃない。3年で食べられるようになる」「3年で、日本のトップになる」

そんな想いを込めて名付けたのがUSHUNという名前だった。


…とはいえ、現実はそう甘くなかった(笑)。

ヘルニアを患い、思うように活動できない時期もあった。(馬で言えば、跛行して放牧に出される感じだろうか)


それでもカメラを始めて2年目、2018年頃にはCP+の壇上に立たせていただいたり、東京ガールズコレクションを撮影させていただいたりと、大きなイベントを経験する機会にも恵まれた。


タレントやアーティストとの出会い。どれも、かけがえのない体験だった。

そして何より、人生の不思議さを強く感じたのが音楽と写真、ミュージシャンとフォトグラファーの交差だ。

花ト散るらんのベーシスト、カルタ
©USHUN

僕は10代から30代まで、メジャーデビューを目指してバンド活動をしていた。

テレビやラジオ、音楽雑誌に出てくるミュージシャンたちに憧れ、「自分も、ああなるんだ」と信じて活動していた。

でも結果として、夢が叶うことはなかった。彼らの背中すら、見えなかった。

ところが。人生って、本当に不思議だ。

カメラマンとしてアーティストを撮影するようになったら、今度は彼らのほうから僕を見つけてくれた。


「あれ? あれれ?」そんな感覚を、はっきりと覚えている。


そして今だからこそ言える。


遠回りはしたけれど、僕はちゃんと、彼らのいる場所に辿り着いたんだ、と。

形は違っても、同じステージを見つめ、同じ空気を吸い、同じ時間を体験している。


夢は叶う。ずいぶん、遠回りはしたけれど。


USHUNはダービー馬にはなれなかった。

それでも、日本のロック史に名を刻むバンドやアーティスト、世界で活躍するミュージシャンたちの世界観を切り取れる。


こんなに楽しい仕事は、他にない。


これからの夢は何か。


それは、世界で活躍するミュージシャンを撮影すること

特に、70年代・80年代という時代を牽引してきた、人生の先輩たちを撮りたい。

彼らの目の奥にある、人生の光と影。成功と挫折。プレッシャー。

そして、プライベートで揺れ動く素の表情や葛藤。

それらすべてを、写真として残したいんだ。

村上ポンタ秀一氏
©USHUN




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