あなたが歩いてきた痕跡を写す。
- ushunphoto
- 20 時間前
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最近、あることを考えるようになった。
人は年齢を重ねるほど、美しくなるのだろうか。
もちろん18歳には18歳の魅力がある。
若さというエネルギーがあり、怖いもの知らずの勢いがある。
それはその時代にしかない輝きだ。
でも、もし18歳の自分と今の自分が並んでいたら、私は迷わず今の自分を撮ると思う。
それは年齢を重ねたからではない。
その間に経験してきた時間があるからだ。
成功も失敗も。
出会いも別れも。
誰かを愛したことも、傷ついたことも。
家族ができたことも。
言葉にできないような葛藤も。
そうした時間は、表情や立ち姿、目の奥に少しずつ積み重なっていく。
私は、その「奥行き」に惹かれる。
以前、ある人がこんなことを話していた。
「日本はアートが生活に根付いていない」と。
確かに、海外では家族でアートフェアに出かけ、自宅に飾る作品を探す光景を目にしたことがある。
一方、日本では写真というと、記念写真やアルバム、白を基調とした写真館のイメージがまだ強いのかもしれない。
でもSNSが普及した今、世界中の写真や表現に触れられるようになった。
私は、その変化を嬉しく思っている。
写真には、もっと多くの価値観があっていい。
私はよく「ドキュメントアート」という言葉を使う。
それは、ありのままを記録するという意味ではない。
不安そうな表情を、そのまま残したいわけでもない。
撮影を通して、その人自身が少しだけ前を向き、自分らしさを思い出せるような一枚に昇華したい。
そんな気持ちでシャッターを切っている。
撮影した写真を渡したあと、私は相手の反応を見ることがある。
「盛れてる!」
「かっこいい!」
そんな言葉ももちろん嬉しい。
でも、本当に好きなのは、その人が静かに写真を見つめている時間だ。
言葉が止まり、写真の中に入り込むように見つめている。
きっと、その一枚から自分の歩いてきた時間を振り返っている。
私は、その瞬間が好きだ。
人には誰でも、光と影がある。
長所が短所になることもある。
短所が長所になることもある。
そのどちらも、その人を形づくってきた時間の一部だ。
だから私は、完璧な人を撮りたいわけではない。
生きてきた時間が刻まれた人を撮りたい。
写真は、若さを写すものではない。
美しさだけを残すものでもない。
あなたが歩いてきた痕跡を写す。
私は、そんな写真を撮り続けたいと思っている。


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